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君のカラメル的愛情論

アラサージャニヲタが新米ママになりました。

妊娠初期①〜入院生活開始

「悪阻(おそ)」による入院生活が始まった。対策はひたすら点滴。1日4本の点滴を打つ。毎日、尿の回数と量をきっちり記入。食事の支度はしなくていいし、管理されている食事メニューなので、こへさん的には入院していてくれた方が安心だったらしい。

 

私が入院した部屋は3人部屋で、真ん中だった。両脇には30週を超えた、切迫早産の妊婦さん達がいたのだが、これがまた考えものだった…。

 

悪阻患者とそれ以外の妊婦では、当たり前だが食事メニューが違う。私の場合は、とにかく食べられそうなもの、フルーツなどを中心とした量も少なく軽いメニュー。(それでも完食はなかなか難しかった)

しかし両脇の妊婦は、普通の食事なのだ。この頃、吐きづわりに加えて、においづわりも始まっていた私にとっては地獄だった…。

とにかく食事の時間になっては吐く。隣の妊婦の食事のにおいで吐く。しまいには、食事のワゴンが近づいてきただけで吐く。

人が食事をとっているのに、カーテン一枚隔てた向こうで吐いている。勿論、嗚咽の声だって聞こえているだろう。しかも1日に何回も。申し訳なくて仕方なかった。しかし、申し訳ないと思う余裕すらない。自分の目の前のことでいっぱいいっぱいだった。

この辺り、病院側もちょっと配慮して頂きたかった。何も、悪阻患者ともうすぐ出産の妊婦を同室にしなくても。

2週間ほど経ってから、同室全員が悪阻患者の部屋に移動させてもらったのだが。

 

においづわりは食事のにおいだけでなく、病院のシャワー室のにおい、トイレの消毒剤のにおい、歯磨き粉のにおい、義母がお見舞いに持ってきてくれたお花のにおい、自分の化粧品のにおい、これまた幅広い範囲で私を苦しめた。

 

毎日泣きながら吐いた。

妊娠は病気ではない。だから治療法なんてない。1日が過ぎるのをただひたすらに待った。時間がただ一つの薬だった。

少しでもつわりの症状が良くなる術はないかと、スマホで検索しまくった。妊娠中は画面酔いも酷かったが、藁にも縋る思いだった。ツイッターで「つわり しんどい」などと検索しては、自分と同じ状況で戦っている妊婦さんのツイートを見て鼓舞していた。

 

ちなみに、私がつわり中(初期)に好んで食べられたものといえば

・アイス(特にパピコ)

・スイカ

・しそおにぎり(小)

チキンラーメンのスナック

・氷

など。意外と濃い味のものがイケた。つわり期間中は、食の好みが常に変化していて、昨日までスムーズに食べられていたものでも、今日は急に食べられなくなるということが頻繁にあった。カットパインなどはつわりの症状が出始めた頃、寧ろそれしか食べられなかったのだが、入院して1週間もすると食べられなくなってしまった。つわり中はマックのポテトがよく好まれるというが、私はそこまで欲することはなく、食べてはみたけど脂っこくて途中で嫌になってしまった。

 

基本的になんでも吐いてしまっていたが、これを食べたら絶対に吐いてしまうというものが

・味噌汁

・ミンチ系肉類(シューマイ、ミートボール、ソーセージ等含む)

・ヨーグルト

・火の通っていないピーマン(加熱済ならOK)

などなど。これらは100%戻してしまうやつら。日によって何が受け付けなくなるか分からないので、食事はちょっとしたギャンブルだった。

 

つわりと仕事

私が妊娠判明したのが5週目だったので、気付くのは割と早かったように思う。当時はまだフルタイムで仕事をしていたので、職場への報告をどうするか悩んだ。

というのも、私は正社員ではなく、契約期間付のパートのようなものだったからだ。ちなみに更新時期はもう目の前だった。頑張れば妊娠のことを伏せたまま、乗り切れないこともないかもしれない。

が、私は役職のつく上司にだけは即報告した。何故なら、つわりが相当酷かったから…

 

妊娠中におけるつわりの種類は沢山あるという。私は1日に何度も吐く典型的な吐きづわりタイプだった。

 

つわりって、ドラマとかじゃ普段は元気でたまにウッてくるイメージだと思うでしょ?

 

とんでもない。

 

とにかく一日中気持ち悪い。24時間辛い。何をしてもどんな体勢をとってもだめ。「何か食べたいものある?」と聞かれても、なんにも食べたくない。お茶すら気持ち悪い。っていうか言葉すら発したくない。(喋ると出そう)こへさんが色々考えてごはんを買ってきたり作ったりしてくれたが、ひと口、ふた口でギブアップ。

仕事が休みの日は全く動けず、トイレに行くことすら億劫だった。常に自分の傍にゴミ箱があった。妊娠が関係しているのかは分からないが、若干の肌寒さも感じていて、5月も目前というのにストーブを点け、毛布にくるまっていた。

 

それでも、今思い返せばこの時期はまだマシな方だった。職場へは片道20分自転車を漕いで通勤していたし、昼休憩を除いて一応仕事はこなしていた。何かに集中すれば、その間10分、20分でも吐き気を忘れられる時間があった。(しかし相当何度もトイレへ駆け込んではいたけど)

吐き気は特に寝起きが一番酷く、目が覚めてもしばらくは動くことができない。なので、私は通常起床時間より1時間早く起き、超ゆっくりと朝の支度を整えてから仕事に向かっていた。

 

職場では上司にのみ報告していたと上記にも書いたが、私の具合の悪さは一目瞭然で、他の職員にかなり心配をかけていた。でも、まだ日数が浅すぎるので妊娠のことを言う訳にもいかない。ひたすら、「体調不良で…」と言う他なかった。

 

そもそも、妊娠期間で一番辛いつわり期間に、堂々と「私、妊娠してます!」と公表出来ないのもどうかと思う。安定期に入るまでは 何があるか分からないから、周りに言えずに無茶をする人だっているだろう。この期間こそ赤ちゃんを守らないといけない時期なのに、周囲には体調不良の人としか認識されない。世知辛い世の中だ…。

 

そんなこんなで私はフラフラになりながら日々をこなすしかなかった。あまりにも苦しい日は、仕事帰りに点滴を打ったりもした。が、この点滴を打ったからといって気持ち悪さが緩和されることは一切無い。

つわり期間に投与できる点滴は、所謂、脱水症状を防ぐための栄養と水分を補給するためのものなので、吐き気が治る成分が入っている訳ではない。それを知らないこへさんは、とにかく点滴打ちに行こう!とばかり催促してきたが、打ってもスッキリすることはなく投与に2時間もかかるので、元々注射嫌いな私は点滴に通うことにあまり心が向いていなかった。

 

だが、いよいよそうも言ってられなくなった。

つわり中はとにかく何も口にしたくない。でも胃に何も入っていなくてもとにかく吐く。胃液まで吐く。

ついに私は脱水症状に陥り、見兼ねたこへさんは私を入院させることにした。

 

長い長い入院期間がこれから始まることを、この時はまだ、知る由もない…。

妊娠発覚

2016年4月の下旬。

私はおたく仲間の友人達と、三宅健くんの出演する「滝沢歌舞伎」を観劇する為、上京していた。

しかも2泊3日の3公演観劇の合間に、ディズニー、セーラームーン展、アナ雪とプリンセス展を含むタイトスケジュールっぷり。更にはその隙間に、築地市場の散策と、公演期間中に骨折した自担の快気祈願に東京大神宮へお守りを買いに行くというミッションまで加えた、まさに分刻みのスケジュール。私は、この旅行をそれはそれは楽しみにしていた。

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最初に違和感を感じたのは2日目の朝。

目が覚めた瞬間、なんとなく気持ち悪くてすぐに起き上がることが出来ない。昨晩食べたつけ麺が胃もたれでもしたのだろうか。その程度に思っていた。

 

いよいよおかしいなと思い始めたのは、夜公演の時だった。

滝沢歌舞伎には、幕間がある。一般的な舞台と少し違うのは、会場が新橋演舞場ということもあり、幕間に飲食が可能ということだ。

上演中は集中していることもあって、穏やかだった。しかし、幕間になるとなんとなく調子がおかしい。場内で販売しているアイスを購入して食べてみると少しだけ落ち着いた。それでなんとか後半も集中出来た。というか、半ば意地だった。目の前の自担は何よりの特効薬だった。吐き気も忘れちゃう。

 

公演が終わって、ファミレスにて仲間とごはんを食べたが、あとは解散するだけだったので私は友人たちに心配かけてはいけまいとひたすら体調不良を隠した。なんとかみんなを見送り、その日宿泊予定だった東京在住の妹の家に一人向かう道中、それはそれは地獄だった。日曜日。最終近くの満員電車の中、吐く寸前だった。揺られる電車の中、なんとか座ることが出来、朦朧としながらなんとなくこの時「あぁ、私妊娠したんだ」と謎に確信した。

 

更に翌日。予定がなければ多分早急に広島へ戻っただろう。しかしこの日は、池袋で開催されているアナ雪展を観に行くのだ。これは誰とも約束していた訳でもない、最初から一人で行く予定だったが、既にチケットを手配していた為、行かないという選択肢はなかった。この日も朝から気持ち悪くて吐き気が止まらなかったが、意地でも展示を観に行った私のがめつさというか、強欲っぷりは今思い返しても滑稽だったと思う。

 

ようやく帰路に着く新幹線に乗ったものの、車内ではとにかくぐったりしていた。こへさんには事前に連絡。この時点で何の根拠もなかったが、99%妊娠していると思う、と伝えた。

 

仕事で外回り中だったこへさんは駅まで迎えに来てくれていた。ようやく家に着いて真っ先に吐いた。吐いてからすぐに妊娠検査薬を使った。陽性だった。

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それからすぐに、調べておいた産婦人科へ連絡し、診断。この時点で赤ちゃんの姿はまだ見えなかったが、袋を確認。

プロローグ

こんにちは。みきぽんです。

 

2016年12月に長男を出産し、新米ママになった私。

結婚して3年目のことである。

 

「赤ちゃんはまだなの?」

そんな、周囲から悪意のないプレッシャーを少なからず受け取ってはいた。夫・こへさんも、本当はもっと早くから子供が欲しかったのも知っている。結婚前から口癖のように「子供が欲しい」と何度も言っていたのを記憶している。

 

なのに何故3年もかかったのかって?

 

それは私がジャニヲタだから。

 

結婚した翌年 2015年は、我が人生を捧げて応援してきたV6の20周年。

私は懇願した。「頼むから20周年は好きにさせてくれ。生活費には一切手を出さない。(重要)」

器の広いこへさんはこれを承諾。おたくにとっては一大イベントであるが、よくよく冷静に考えれば、馬鹿げた話である。それでもこへさんは待ってくれた。旦那より自担を選んだ妻。そう言われてもおかしくはない。しかしそれが結婚の条件でもあったのだ。守ってもらえないとこの先幸せな結婚生活は保証できない。(大真面目)

 

こうして無事にツアーを見届けてから、二人で妊娠について真摯に向き合う事を考えはじめたのである…。

 

これは、汗と涙の記録日記。

 

 

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息子。

2016年12月生まれ。

まるい。

なきごえがトリ。

 

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夫(こへさん)

広島県福山市出身。

見た目に反して超子煩悩。

肥満体型。

 

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作者(みきぽん)

富山県出身。

とにかくおたく体質。

過去にこども写真スタジオで働いていた経験有。